徳川将軍名一覧
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将軍名 在位期間
前将軍との関係
母名 幼名(元服名)
正室 側室
生没年
備考
家康
(いえやす)
初代:慶長八年(1603)〜慶長十年(1605)
(松平広忠の子)
母:お大の方 竹千代
(松平次郎三郎元信)
正室:築山殿(駿河御前:関口義広の娘)
継室:朝日姫(豊臣秀吉の異父妹)
側室:
お万の方(永見吉英の娘?)
西郡の方(今川家臣鵜殿氏娘)
お竹の方(穴山梅雪の娘)
西郷の局(戸塚忠春の娘)
お牟須の方(三井吉正の娘)
阿茶の局(武田家臣飯田氏娘)
お仙の方(宮崎泰景の娘)
下山の方(秋山虎康の娘)
お亀の方(清水清家の娘)
お万の方(正木邦時の娘)
お勝の方(太田康資の娘)
お梅の方(青木一矩の娘)
お六の方(墨田直陳の娘)
お夏の方(長谷川藤直の娘)
お茶阿の方(民間)
お松(不明)
生没年:天文十一年(1542)〜元和二年(1616)
六十二歳で徳川幕府を開いた。 駿府に引退後も大御所として二元政治を行った。
秀忠
(ひでただ)
二代:慶長十年(1605)〜元和八年(1622)
三男
母:西郷の局 長松→長丸→竹千代
(秀忠)
正:お江与の方(達子)
(浅井長政の娘)
側:お静の方
(処士神尾伊予の娘)
生没年:天正七年(1579)〜寛永九年(1632)
隠居した家康との二元政治を行ったが、 自身も家光に対して同様に二元政治を行った。
家光
(いえみつ)
三代:元和九年(1623)〜寛永十一年(1634)
二男
母:お江与の方 竹千代
(元服名:?)
正:孝子(鷹司信房の娘) 側室:
お夏の方(旗本藤枝重昌の娘)
お万の方(公家六条有純の娘)
お玉の方(本庄宗利の娘)
お楽の方(永井家臣七沢清宗の養女)
お振の方(幕臣町野幸和の娘)
お琴の方(徳円寺住職の娘)
お里佐の方(不明)
生没年:慶長九年(1604)〜慶安四年(1651)
武家諸法度の改定や参勤交代制を確立した。 キリスト教を禁止、鎖国を実施した。
家綱
(いえつな)
四代:慶安四年(1651)〜延宝八年(1680)
長男
母:お楽の方 竹千代(元服名:家綱)
正:浅宮(伏見宮貞清親王の娘) 側室:
お満流の方(佐脇安清の娘)
お振の方(吉田兼起の娘)
生没年:寛永十八年(1641)〜延宝八年(1680)
あまり政治に関心がなかったので、 前期は保科正之、松平信綱、阿部忠秋ら、 後期は酒井忠清により補佐、一任されていた。
綱吉
(つなよし)
五代:延宝八年(1680)〜宝永二年(1705)
三代将軍家光の四男として生まれ、兄家綱の養子に。
母:お玉の方 徳松(元服名:?)
正室:信子(鷹司房輔の娘) 側室:
お伝の方(堀田将監の娘)
大典侍の局(清閑寺熈房の娘)
新助の方(豊岡有尚の娘)
生没年:正保三年(1646)〜宝永六年(1709)
「生類憐れみの令」で「犬公方」と呼ばれた。 学問の振興に努めた。
家宣
(いえのぶ)
六代:宝永六年(1710)〜正徳二年(1712)
徳川綱重の長男から綱吉の養子に。
母:お保良の方 虎松(徳川綱豊))
正:熈子(近衛基熈の娘) 側室:
お喜世の方(唯念寺住職勝田玄哲の娘)
お須免の方(園池家朝の娘)
右近の方(太田宗庵の娘)
斎宮(小尾直易の娘)
生没年:寛文二年(1662)〜正徳二年(1712)
家継
(いえつぐ)
七代:正徳三年(1713)〜正徳六年(1716)
四男
母:お喜世の方 鍋松(元服名)
正:吉子(霊元上皇の娘)
※結納だけ
側室:無し
生没年:宝永六年(1709)〜正徳六年(1716)
父の家宣の死去により、五歳で将軍になった。 間部詮房の補佐を受けていたが、実際は新井白石の献策に拠っていた。 八歳で亡くなったため後継ぎは無く、紀伊徳川家より吉宗を養子とした。
吉宗
(よしむね)
八代:享保元年(1716)〜延享二年(1745)
紀伊徳川家、光貞の四男から徳川宗家の養子に。
母:お由利の方 源六→新之助→頼方
(元服名:?)
正:理子(伏見宮貞致親王の娘) 側室:
お須磨の方(藩士大久保忠直の娘)
お古牟の方(藩士竹本正長の娘)
お久の方(処士谷口正次の娘)
お久免の方(藩士稲葉定清の娘)
生没年:貞享元年(1684)〜宝暦元年(1751)
宝永二年(1705)、兄の頼職の跡を継いで紀伊藩主となり、 享保元年(1716)、前将軍家継の遺言により徳川宗家を継いだ。 幕府改革に努め、学問も奨励した。
家重
(いえしげ)
九代:延享二年(1745)〜宝暦十年(1760)
長男
母:お須磨の方 長福(元服名:?)
正:増子(伏見宮邦永親王の娘) 側室:
お幸の方(梅渓通条の娘) お遊喜の方(浪人三浦義周の娘)
生没年:正徳元年(1711)〜宝暦十一年(1761)
病弱で言葉も不明瞭だった。 治世の前期は父吉宗の後見、後期は側用人大岡忠光らによって支えられた。
家治
(いえはる)
十代:宝暦十年(1760)〜安永九年(1780)
長男
母:お幸の方 幼名:?
(元服名:?)
正:倫子(閑院宮直仁親王の娘) 側室:
お知保の方(津田信成の娘) お品の方(藤井兼矩の娘)
生没年:元文二年(1737)〜天明六年(1786)
治世は田沼意次の主導に拠っていたが、 賄賂が横行する世の中だった。
家斎
(いえなり)
十一代:天明七年(1788)〜天保八年(1837)
徳川治済の長男から徳川宗家の養子に。
母:お富の方 豊千代(元服名:家斉)
正:寔子(薩摩藩主島津重豪の娘) 側室:
お万の方(幕臣平塚為喜の娘)
お楽の方(幕臣押田敏勝の娘)
お梅の方(幕臣水野忠芳の娘)
お歌の方(幕臣水野守鑑の娘)
お志賀の方(幕臣能勢頼能の娘)
お里尾の方(幕臣朝比奈矩春の娘)
お登勢の方(幕臣梶勝俊の娘)
お長の方(幕臣曾根重辰の娘)
お美尾の方(幕臣木村重勇の娘)
お八千の方(幕臣諸星信邦の娘)
お袖の方(幕臣吉江政福の娘)
お八重の方(幕臣土屋知光の娘)
お美代の方(幕臣中野清武養女)
お八百の方(幕臣阿部正芳の娘)
お以登の方(幕臣高木広充の娘)
お瑠璃の方(幕臣戸田政方の娘)
生没年:安永二年(1773)〜天保十二年(1841)
田沼意次を罷免し、松平定信に「寛政の改革」を行わせた。 しかし定信は失脚し、財政窮乏がひどくなった。 引退後も大御所として、実権を握っていた。
家慶
(いえよし)
十二代:天保八年(1837)〜嘉永六年(1853)
二男
母:お楽の方 敏次郎(元服名:?)
正:喬子(有栖川織仁親王の娘) 側室:
お定の方(幕臣押田勝長の娘)
お加久の方(幕臣太田資寧の娘)
お美津の方(幕臣跡部正寧の娘)
お波奈の方(幕臣菅谷政徳の娘)
お筆の方(幕臣稲生正方の娘)
お金の方(幕臣竹本正路の娘)
おひろの方(幕臣杉重明の妹)
生没年:寛政五年(1793)〜嘉永六年(1853)
水野忠邦に「天保の改革」を行わせた。
家定
(いえさだ)
十三代:嘉永六年(1853)〜安政五年(1858)
四男
お美津の方 政之助→家祥(元服名:?)
正:任子(鷹司政熈の娘)
継室:秀子(一条忠良の娘)
継室:敬子(島津忠剛の娘)
側室:お志賀の方(?)
生没年:文政七年(1824)〜安政五年(1858)
「癇癪公子」と呼ばれた。 幕政は老中阿部正弘、続いて堀田正睦により運営された。
家茂
(いえしげ)
十四代:安政五年(1858)〜慶応二年(1866)
紀伊徳川家、斉順の長男から宗家の養子に。
母:? 菊千代→慶福
(元服名:?)
正:和宮(仁孝天皇第八皇女) 側室:無し
生没年:弘化三年(1846)〜慶応二年(1866)
十三歳で将軍となり、長州征討の際には大坂城に本営を置いたが、 翌年にそこで病死した。
慶喜
(よしのぶ)
十五代:慶応二年(1866)〜慶応三年(1867)
水戸藩主徳川斉昭の七男から慶応二年(1866)宗家に。
母:? 七郎麿(慶喜)
正:美賀子(公家今出川公久の娘) 側室:お幸(幕臣中根芳三郎の娘)
お信(幕臣松井勘十郎の娘)
生没年:天保八年(1837)〜大正二年(1913)
文久二年(1862)家茂の後見職となり、慶応二年(1866)に将軍職。 慶応三年(1867)に大政奉還。 明治三十五年、宗家から別家し、公爵の地位を与えられた。
※継室=後妻。
※旗本=将軍直属の武士。
※(御)側用人=将軍のそばにいて、上申を将軍に伝える要職。老中の次の地位。
※処士=民間にいて、仕官していない人。
※浪人(浪士)=藩籍を失った武士。
※幕臣=幕府の臣下。幕府に勤めている武士。
?は調査、確認中。
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☆御家門☆

幕府の大名家格の一つで狭義の「徳川一族」。 家康直系の親族。御三家、御三卿、御連枝、 越前家(系松平家)、その他に分けられる。
<御三家>

将軍家の血統保持と幕政の補佐
  • 尾張徳川家
    義直(家康の九男)
  • 紀伊徳川家
    頼宣(家康の十男)
  • 水戸徳川家
    頼房(家康の十一男)
※下段は初代当主とその出自
<御三卿>

御三家間の疎遠の補完
  • 田安徳川家
    宗武(吉宗の二男)
  • 一橋徳川家
    宗尹(吉宗の四男)
  • 清水徳川家
    重好(家重の二男)
※下段は初代当主とその出自
<御連枝>

御三家の庶子(側室の子)の系統
  • 高須藩松平家
    義行(尾張の光友二男)
  • 西条藩松平家
    頼純(紀伊の頼宣二男)
  • 吉井藩松平家
    信平(鷹司信房の子)
  • 高松藩松平家
    頼重(水戸の頼房長男)
  • 守山藩松平家
    頼元(水戸の頼房四男)
  • 府中藩松平家
    頼隆(水戸の頼房五男)
  • 穴戸藩松平家
    頼雄(水戸の頼房七男)
※下段は初代当主とその出自
<越前家(系松平家)>

家康の二男結城秀康の系統
  • 津山藩松平家
    秀康(家康の二男)
  • 福井藩松平家
    忠昌(秀康の二男)
  • 松江藩松平家
    直政(秀康の四男)
  • 川越藩松平家
    直基(秀康の五男)
  • 明石藩松平家
    直良(秀康の六男)
  • 糸魚川藩松平家
    直堅(福井松平家二代目当主松平光通の二男)
  • 広瀬藩松平家
    近栄(松江松平家初代当主松平直政の二男)
  • 母里藩松平家
    隆政(松江松平家初代当主松平直政の三男)
※下段は初代当主とその出自
<久松家(系松平家)>

家康の異父弟、久松俊勝の系統
  • 松山藩松平家
    定勝(久松俊勝の四男で家康の異父弟)
  • 桑名藩松平家
    定綱(定勝の三男)
  • 今治藩松平家
    定房(定勝の五男)
※下段は初代当主とその出自
<その他の松平家>

  • 奥平家系忍藩松平家
    忠明(奥平信昌の四男、母が家康の長女亀姫)
  • 保品家系会津若松藩松平家
    正之(二代将軍秀忠の四男)
  • 越智家系浜田藩松平家
    清武(徳川綱重の二男、六代将軍家宣の弟)
※下段は初代当主とその出自



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